2006年07月23日

記憶はたやすく作られる

『ゆれる』を観た。
日曜日の新宿の単館が、びっくりするほど人の入りがあって、14時の回を観ようとしたら、14時も、その次もいっぱいで、やむなく18時50分の回を観ることに。
ここで何となーく、意地悪な気持ちになって、観る。

兄弟の話だ。
田舎を飛び出し、東京でカメラマンとして成功している弟(オダギリジョー)と、実家のガソリンスタンドを継いでいる人当たりのいい、でも風采の上がらない兄(香川照之)。
幼なじみの女性と3人でつり橋のある渓谷に出かける。
そこで、女性がつり橋から落ちる。
兄が突き落としたのか。それとも事故なのか。
視覚と記憶が交錯し、情が絡まる。

オダギリジョーの重たそうなからだとか(太っているって意味じゃなくて)、ヒステリックに突然挿入される音だとか、印象に残っているものはいくつかあるけれど、どこかひっかかりのあるまま、一見救いのある余地を残して、映画は終わってしまった。
何度か、つり橋のシーンが回想される。
回想者の心理状態によって、シチュエーションが変わっていく。

うまく言えないけれど、幼いころの兄弟の仲睦まじい姿を回想することで、オダギリジョーの最後の独白ですっきり片付いてしまうには、香川照之がただ怖い。
記憶は、簡単に作り変えることができる。それに尽きる。
見たいものを見ようとする。
そう思うと、怖い映画だな、と思う。
posted by さやか at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 邦画(映画) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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