2006年04月14日

人はそれを美しいという。一篇 -YOSHII KAZUYA BEAUTIFUL-

BEAUTIFUL
吉井和哉
B000CBO10W


2月のある日、日本武道館にはオノ・ヨーコと美輪明宏から
贈られた花が飾られていた。

それは吉井和哉として初の武道館公演のこと。



THE YELLOW MONKEYを解散し、
YOSHII LOVINSONと名乗り2枚のアルバムを出した。
ファーストアルバムが『at the Black Hole』
そしてセカンドアルバムは『White Room』。
心象が黒から白に劇的に変ったのではなく
暗闇の中にようやく小さな白明かり
を見つけたというのが2枚目までの彼だった。

YOSHII LOVINSONというのは彼にとって一種の防御反応のようなもので
ファーストアルバムでの他人が入り込む余地を与えない音、
そして<オレの歌はオレの歌 / 君のものじゃないぜ>といった歌詞は
THE YELLOW MONKEYの吉井和哉を殺し、そんなファンの幻想も殺した。
そして「吉井和哉としてのロック」。そんな自分にとって純粋なものを探し続けた。

自分の姿をありのままに直視しようとする強さ。
そんな姿が歌に現れ、人々を強烈に引き付ける。



今年の1月、ようやく彼は「吉井和哉」として活動を始めた。
THE YELLOW MONKEY後期に迷い込んだ長い旅からようやくの帰還。
ファーストシングルの『BEAUTIFUL』は
THE YELLOW MONKEYの吉井和哉としてではなく、
「吉井和哉」としてロックの地平に
どっしりと足をつけ、再び空を見上げる歌だった。

「美しい」という言葉の解釈は人それぞれ。
シンプルな言葉ではあるが、ある人生の苦悩の
結実、歓喜の瞬間。
そんな姿を称える場合に使われるこの言葉は趣が深い。

絶頂期。
アーティストに二度も三度も訪れるものではない。
しかし、その予感、いや既に今がその時と
思わせる感触が『BEAUTIFUL』にはある。

『BEAUTIFUL』そして、3曲目の『MY FOOLISH HEART』
には春の日の木洩れ日のように穏やかな空気が流れる。
(まるでジョン・レノンの『WOMAN』のような!)
そして、吉井和哉の美意識が、ロックとして
思わず枯れそうな、そんな空気を花開かせる。


<行かなきゃ僕はいつか行かなきゃ / やるべきことのつづきに / 決して /
なげだすものか / 逃げ出すものか / 怯えるな / MY FOOLISH HEART>

(MY FOOLISH HEART)

吉井和哉が再び飛び立つ!
posted by リョウタ・グッドマン at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | DISC(音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。